30 October 2011
安全基地
一ヶ月前くらいに、茂木健一郎さんの”島国日本の脳をきたえる”という本を読んだ。
本当に読みやすい本で、さらっとすぐに読み終えたけれど、
その中にあった”安全基地”についての考察が、一ヶ月の間、頭から離れない。
日本人の若者が内向きになって、海外留学者が減った等の現象は、
実は、彼らが感じているはずであろう”安全基地”が危うくなっているからだと筆者は述べる。神津島を日本の縮図と考え、様々な考察をシンプルに述べている。説得力のある一冊だった。
私にとっての”安全基地”とは?
もちろん、大好きな両親との生活。祖母や親戚を含めた大きな家族に守られている、という感覚。近所の人との交流がすぐに浮かぶ。
次に、職場の同僚達に毎朝会うと安心するから、オフィスも私にとっての安全基地と言える。前行ってたヨガクラスは安全基地だったけど、今のジムにはあまりそう感じないから落ち着かないな。
親友とのメールや電話!これがなければ生きていかれないのでは?と思う。
感情で分かってくれる一言に、すっと心が軽くなる。
自分では見えていない長いスパンで厳しいことを言ってくれる、その一言に救われる。
今いる、この地に足がつかず、ふわふわした気分の時は、焦ってなんとか前に進もうとしがちだけれど、そんな時こそ、自分の安全基地を見直してみるのが、きっといい。
今の仕事
突然だけど、今の仕事に満足している。日々成長を感じられるし、何よりも小学校の時からの夢に近づいている、感覚が得られているから。でもそれは、本当に幸運の幸運で、こんなラッキーはそう長くは続かないだろうと冷静に感じている自分もいる。
ある時は、南米からのデザイナー団体を引き連れて、日本のバイヤーさんへアピール。
この仕事は通訳やコーディネーターの力だけでなく、営業の力が強く求められる。
次の週は、前職から尊敬していたT社の在亜社長だったKさんの国家勲章授与式に立ち会う
機会を得て、かと思えば次の日には、ツクバに日本の技術の最先端、日本の底力を見る。
週末には、世界体操の予選を見て、語彙力を養う。
その帰り、某ホテルの記念式に出席。
次の一週間は、ピーナッツ商工会議所の会長といつもの官庁、東京中の商社という商社をまわる。毒カビやら、残留農薬やら、輸入検疫システムにまた少し詳しくなる。etc. etc.
とにかく、忙しい。テーマが幅広い。様々な分野の人との出会いが多い。
当然、各分野のスペシャリスト同士を前に、二つの世界の橋渡しをするお仕事は、
相当な準備と、体力と集中力が求められる。その分自分との対話の時間がたっぷりと必要だ。結構時間のやりくりが難しい。まだまだ手探りだ。
でも、仕事でやりがいを感じられている。好きな南米のことを深く知れるだけでなく、大好きな日本の色々な面を垣間みることができる。そのことが一番嬉しい。
今は波にのろう。振り返るのは、まだまだ早い。修行は、続いていくー。
彼女のスタイル
親友が息子の機嫌取りで自分どころでなかったらしく、普段の自然体でTVに出た。
彼女の丁寧な生き方には、いつも影響される。そして、家族って作っていくものなんだと思うと同時に、家族ってイイなって、改めて、すっとずしんと思わせてくれる。
12 October 2011
引出し開けましておめでとう
会津のおばあちゃんからのお誕生日プレゼント。
うん?手作りの箱??取っ手がお菓子を束ねるモールで作られている!
中を開けると・・・”引出し開けましておめでとう!”
くすくす、じわじわっと笑っちゃった。
小さい頃からおばあちゃんとの時間は、かわいい工夫がいっぱいで、飽きることがない。
このおばあちゃんの血を引く母も、家の中で沢山の”ストーリー”を作る人だ。
おうちの中での、家族の行動を想像して行く先々に小さなユーモアや工夫を散りばめている。
昔から、商売をやっている家だから、毎日の来客や従業員さんや色々な人の出入りの中で暮らしてきた。その暮らしの中で、自然とあふれ出す”おもてなし”のあり方を、私は祖母と母から身を持って教えられてきた気がする。もちろん、家の中での家族を喜ばせようとする小さなおもてなしは、それ以上のボリュームをもって、私の毎日を支えてくれてきた。社会の中で難しい仕事を長い間担っている父も、そんな母に救われてきたんだろう。なんとなく感傷的に、そんなことを考える時がある。私も十分、ひとり立ちの歳だなあ。でも今は、もう少しこの大好きな両親との暮らしを楽しみたい。
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